『孤独のグルメ』(原作・久住昌之)、『「坊っちゃん」の時代』(共作・関川夏央)、『歩くひと』などで知られる漫画家・谷口ジロー(1947年~2017年)の自筆原画約300点を紹介した展覧会「描くひと 谷口ジロー展」が現在世田谷文学館(東京都世田谷区)で開催中だ(2021年10月16日~2022年2月27日)。
日本国内はもちろん、フランスなど海外でも高い評価を受け、2011年にはフランス政府芸術文化勲章(シュヴァリエ)も受章している谷口氏。その画業の集大成ともいうべき今回の展示は、繊細であまりに緻密な描き込みに圧倒される感想が多く、なかには『すごすぎてわけがわからない』という声もあったほど。開催直後から話題を呼んでいる。
展示は、谷口氏の作品を年代別に追っていく構成だ。
●プロローグ 1970年代から2010年代までの代表作を一挙に紹介
●第1章 漫画家への道のり
●第2章 70~80年代 共作者・原作者とともに時代の空気を描く
●第3章 動物・自然をモチーフに拡がる表現
●『「坊っちゃん」の時代』特設コーナー
●第4章 90年代 多彩な作品、これまでにない漫画に挑む
●第5章 2000年代 高まる評価、深化する表現
●第6章 2010年代 自由な眼、巧みな手。さらに新しい一歩を
●エピローグ 最後まで「描く人ひと」として
以上のように6章と特設コーナーに分かれていて、時代ごとに谷口氏の興味の幅が人物から動物、自然、歴史へと拡がり、漫画表現が深化していく様子、海外での評価の高まりなどがわかるようになっている。
そんな谷口ジロー展に、谷口氏の代表作のひとつでもある『孤独のグルメ』の原作者である久住昌之氏が足を運び、その魅力を語ってくれた(以下、久住氏のコメント)
見応えのある展覧会だった。この展覧会が、なぜ谷口さんの生前に開かれなかったか、悔しさで歯噛みしたくなるほどよかった。
構成もよい。谷口ジローという人が、「昨日よりいい絵」を描くために、努力と研究を惜しまない漫画家人生を歩んできたことがよくわかる。
年代によって変わっていく絵は、谷口さんの人生が、その絵と共にあったことを示していた。
若い時は「かっこよさ」「男っぽさ」「新しさ」「バンドデシネ」への憧れや欲望やエネルギーが満ち満ちている。
でも中年期から、無駄な力が抜け、自然や人間や動物に対する、もっと大づかみでありながらどこまでも細やかな表現が、磨かれていっている。絵は、枯れことなく、洗練され続けている。しかし、実験を続けることをやめない晩年の仕事ぶりは、驚愕と言っていい。
漫画原画もすばらしいが、カラーイラストが、ため息が出るほど美しい。 行ったことのあるヴェネツィアの海のスケッチには、言葉にできない感情が押し寄せ、涙が出そうだった。
何枚もある、巨大に引き伸ばされたカラー原稿も、線が荒れることもなく、引き伸ばされてやっとわかる独自の表現が発見できる。
こんな漫画家は地球上に二度と現れないだろう。 ボクは「孤独のグルメ」「散歩もの」を書いた数年間、谷口ジローという巨人の人生と少しでも交わることができたことを、幸せに思う。
そして、それはもっと誇りにしていいのだと自分に対して言い聞かせた。 ボク自身が今日からもっといい仕事をするために。
こうして振り返ってみると、年を追うごとに緻密さを増し、深化する表現に圧倒される一方、漫画表現としての親しみやすさやおもしろみも決して忘れずに描き続けていた谷口氏の軽やかさと懐の広さに気づかされる。氏の没後5年となる今、その軌跡を改めて振り返ってみてほしい。
【谷口ジロー展】 2021年10月16日(土)~2022年2月27日(日)
※混雑時入場制限あり
●会場 世田谷文学館 2階展示室
●開館時間10:00~18:00
●休館日 毎週月曜日
※ただし月曜が祝日の場合は開館し、翌平日に休館・臨時休館期間・年末年始(2021年12月29日~2022年1月3日)
●問い合わせ TEL 03(5374)9111
(取材・文/牧野早菜生 撮影/我妻慶一)